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めざそう未来の科学者!SSリーグ 筑波大学 次世代科学者育成プログラム 

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科学者への道

第四回 和田 洋先生

筑波大学生命環境科学系
動物系統進化学分野 教授
和田 洋先生

専門分野:動物系統進化学
研究内容:「脊椎動物・棘皮動物・軟体動物などの比較分子発生学・分子系統学」

研究室HP http://www.biol.tsukuba.ac.jp/~hwada/
 ■どんな子どもだったんですか?
 特に生き物が好きというわけではなかったですね。科学系の本をよく読んでいたわけでもないです。図鑑は見てましたけど。科学よりも歴史が好きでした。あとは野球ばかりやってました。
 僕は小さい時から、おじいさんが戦争で亡くなったという話を聞かせれていて、「戦争で死ぬ」ということを強烈にイメージしてたんですね。だから、人一倍、死に対する恐怖がありました。そして、自分が死んで意識が消滅していくということを全く受け入れられなかったんです。
 小学生の頃から、時間がどう流れていくのかということを、強く意識していました。「自分が生きているということを、物理的な時間が流れているという現象で説明できるか?」と考えたり。高校生の頃は、武者小路実篤の「真理先生」という小説が好きでした。自分の知りたいことを学び続け、ひょうひょうと生きるっていいなって思ってました。

■生物学を学ぶきっかけは?
 大学に入るまでは物理に関心があり、理学部に進みました。でも物理学の理路整然とした理論と「自分が生きていること、いつかは意識も消えてしまうのか」というどろどろとした現実の世界とのずれを感じ始めていました。ちょうど利根川進さんがノーベル賞を取り、分子生物学が大きく発展している時期で、生物の持つ曖昧さを物理学的な現象として、説明してやろうという勢いのある時期で、分子生物学に興味が移り始めていきました。その頃、発生学の学生実習で、ヒトデの受精卵を顕微鏡で見たんですね。自分の目の前で受精卵がダイナミックに形を変えていくのを見ている時に、この現象を、物理学的に説明すれば、自分が疑問に思っている「生きているということはどういうことか?」の答えを見つけられるかもしれないと思ったんです。自分が教員になってからは、発生学の学生実習で必ずヒトデの受精卵の観察をしてもらうようにしています。一人でも魅力を感じる学生がいるといいなと思って。

ヒトデ原腸胚

ヒトデ幼生

イトマキヒトデ
■大学院生時代
 学部生の頃は「研究者になりたい」と強く思っていたわけではありません。大学院に行って、研究者になれなかったら、「細胞工学」などの科学系雑誌の編集者もいいなと思ってました。 
 大学院は動物発生学研究室に所属しました。ちょうどその頃は、分子系統学の成果が海外から少しずつ報告されてきはじめた時期でした。しかし、日本の動物学の中では、まだ分子系統学に関してはやっている人がいなくて、僕が初めてだったと思います。修士課程の時に、いろんな生き物の塩基配列を非常に早く調べることのできる技術を開発することができました。 その分野にブレイクスルーを起こしたということで、かなり評価されました。それで、このまま研究者になろう、なれるかもと思いました。

■大学院生でそのような結果を出せたのはどうして?
 隣の建物にあった生物物理の研究室に友達がいたんです。その友達とランチをしているときに、自分のやりたいことの話をしたら、大腸菌の研究をしている先輩が似たようなことを試そうとしている、その手法が使えるのではないかとアドバイスされ、その手法を取り入れました。それがうまく行ったんです。塩基配列を比較して、系統樹を作ることができると、生き物の辿ってきた進化の歴史を考えたり、想像をふくらませたり、充実感がありました。
 ただ、自分はダイナミックに姿を変えていく発生の美しさに魅了されて、研究を始めたので、生き物の形を見ながら進められる研究をやりたいと思うようになりました。そこで、生き物の発生を比較しながら、進化の歴史を考えるような研究に切り替えていきました。最終的に発生学に切り替える時には、教官に「分子系統でせっかく評価されるようになったのに発生の分野で同じように評価されるかどうかはわからない。つらいんじゃないか?」と心配されました。博士課程を終えた後、イギリスのレディング大学に二年半留学しました。ピーター・ホランド(Peter W. H. Holland)というナメクジウオの研究で有名な発生学者がいたんです。

■ナメクジウオとは?
 ナメクジウオは、ナメクジでも魚でもありません。脊椎動物に最も近い無脊椎動物で、脊椎動物が5億年前に背骨を獲得する前の、原始的な祖先によく似ていると考えられています。カンブリア紀の化石として発見されたピカイアはナメクジウオにそっくりです。このナメクジウオを研究することで、脊椎動物の複雑な体がどのようにして進化してきたかを理解することができました。

■今の研究内容について教えてください
 いくつかのテーマに分かれています。一つ目は無脊椎動物から脊椎動物の進化に関する研究です。
 発生学の研究が進んでわかってきたこととして、発生をつかさどる遺伝子は、ハエでも人でもプラナリアでも同じということが挙げられます。
 ナメクジウオと同じく脊椎動物に最も近い無脊椎動物に、ホヤがいます。ホヤも幼生のときには脊索をもっています。その一方で、ホヤやナメクジウオには脳がありません。口あけて海水を飲みこんで、海水の中にあった珪藻を食べるので、考えなくていいんですね。脊椎動物になってえさをとるようになると、感覚器が発達して、脳が獲得されました。
 それでは、ホヤにはもともと脳を作る遺伝子はないのか?あっても働かないだけなのか?これを調べていくと、ホヤにも、小さいけれども脳を作る遺伝子がありました。脊椎動物は、その遺伝子を使って脳を肥大化させていったのです。
 でも、起源がみつけられないようなものもあります。骨は脊椎動物で新しく獲得されました。ホヤやナメクジウオにも骨を作る遺伝子はあります。でも、ホヤやナメクジウオでは、骨の形成とは全く違った役割を持っています。脊椎動物で骨を作るには、いくつかの遺伝子が協調して働かなくてはなりません。ホヤやナメクジウオでばらばらに働いていた遺伝子が、どのようにして協調した働きを持つようになったかが、骨の進化を知る上で、もっとも大事な問題です。また、このような研究の中で、ホヤやナメクジウオからはどうしても見つけられない遺伝子があることもわかってきました。脊椎動物の骨を作る遺伝子の多くはホヤやナメクジウオにもありますが、全部ではなかったわけです。骨という新しい構造の進化には、新しい遺伝子をつくるという過程も必要だったのです。

■個体の発生は完成度が高い
 二つ目は、貝の殻の形の進化の研究です。この研究を通して生物の発生をみていると、すべての発生のプロセスは完成度が高いんです。受精するとすべての卵が、きれい
に整合的に、外から力がかからなくても形を作り上げていきます。
 形が進化するときには、この「完成されたプロセスをあえて変えて、できあがってくる形を変更していく」わけですが、そんなことがどうして可能なのか?新しい形が進化してきたときに、遺伝子がどう書き換えられているのか?そこを知りたいと思っています。
 巻貝(一枚貝)から二枚貝への進化というのは、非常にドラスティックなものです。貝殻を二枚に分けるだけでなく、二枚の貝をぴったりと合わせるようにしなければならないし、貝柱も作らなければなりません。この巻貝と二枚貝の違いが、細胞の数が100程度という時点で成し遂げられているのがすごいと思うんです。遺伝子を滅多やたらに書き換えると個体発生のシステムが崩壊してしまいます。システムを崩壊させずに、遺伝子をこういうふうに書き換え、発生のプロセスを変えることができれば、形の進化は許容されるということ探っていきたいです。
 ある遺伝子のこのスイッチが変わりやすく、そこを変えても個体発生のシステムは崩壊しないという「遺伝子の書き換えの癖」がわかると、ドラスティックな変化も説明できるのではないかと思うのです。

■ 哲学的な考え方で進化を研究していきたい
 これからも、いろいろな動物の発生を比較して、昆虫のハネはどこから進化してきたか、脊椎動物の背骨はどこから進化してきたか、ウニのトゲはどうか、などおもしろい成果がいくつも上がってくるでしょう。こういう研究では、小さい頃から虫採りに夢中になってきたナチュラルヒストリーに親しみのある人が大いに活躍するでしょう。
 僕は哲学的な問いかけから、サイエンスの世界に入りました。自分が生きていく中
で、湧き出づる想いがある。その湧き出づる想いを自分の中で問いかけ続けていく中
で、サイエンスの道に入るというのもいいのではないでしょうか? そういう研究者にしか眼を向けられない現象もあるかもしれません。サイエンスは、独自性が第一です。

■おすすめの本
 分野は関係なく本を読むのはいいと思います。活字から情報を咀嚼できるという能
力はとても大切です。本を読めば読むほど、情報の咀嚼力は上がっていくと思います。だから、小説でも歴史の本でも本を読んで欲しいと思います。
 大学生になったら、是非、スティーブンJグールドのエッセイを読んだらいいのではないでしょうか?パンダの親指とか。グールドの本は、研究者としての立ち位置をシャキッとさせられる内容が多いんです。サイエンスの知識が文化の中でどういう位置づけにあるかということを、魅力的に教えてくれます。



科学者への道

科学者は子供のころどんな子供だったの?なにがきっかけで科学者になったの?科学者になるまでの道のりを先生たちに聞いてみましょう!

第九回 濱 健夫先生
第八回 井上 勲先生
第七回 町田 龍一郎先生
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第五回 林 純一先生
第四回 和田 洋先生
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第二回 漆原 秀子先生
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